解析概要
大きな津波が発生すると海底に沈殿していたヘドロや砂が巻き上げられ海水とともに海岸に到達します。このような固体粒子が混在した海水(懸濁液)は,固体粒子の存在により通常の海水よりも密度が大きく,また粒子の存在により非ニュートン流体性が現れます。
OpenFOAMには非ニュートン流体粘性モデルが組み込まれています。本事例では,表面張力モデルの改良を行った弊社カスタマイズ版のinterFoamを用いた固体粒子を含んだ海水を非ニュートン流体として扱った津波解析の例をご紹介します。
解析手法
懸濁液を非ニュートン流体として扱うことで,黒く濁った濁水状態の津波の解析を行います。浮遊砂を含んだ海水(懸濁液)の密度は,浮遊砂濃度により決定します。他方,粘度に関しては,次の式(2.1)で評価することができます[1]。
ここで,μLは低せん断ニュートン粘度,μHは高せん断ニュートン粘度を示す。また,τ, τcはそれぞれせん断応力と温度と粒子径に依存した定数を示します。
図1に式(2.1)を用いて求めた浮遊砂濃度ごとのカオリン(粘土)懸濁液の粘度分布を示します。図1に示されるように,懸濁液は,せん断速度が小さい領域とせん断速度が大きい領域ではニュートン流体の性質を示し,この中間では擬塑性流体の性質を示します。
図1 カオリン(粘土)懸濁液の各濃度での粘度
非ニュートン流体粘性モデル
OpenFOAMでは非ニュートン流体モデルとして以下のモデルが使用できます。
表1 OpenFOAMの非ニュートン流体粘性モデル
モデル名 | モデルの内容 |
BirdCarreau | BirdCarreauモデル |
Casson | Cassonモデル |
CrossPowerLaw | Corssモデル |
HerschelBulkley | Herschel-Bulkleyモデル |
powerLaw | 指数則モデル |
strainRateFunction | せん断速度依存モデル |
本解析では,図1に示される粒子濃度5%の懸濁液の粘性係数をstrainRateFunctionモデルを用いて設定します。strainRateFunctionモデルはせん断速度の関数として動粘性係数をモデル化します。
解析モデル
防潮堤と建屋の津波解析モデル[2]を図2に示します。建屋は円柱形状と波の進行方向に対する角度を変えた二つの矩形形状とします。
海水中の平均浮遊砂濃度を5%としたカオリン懸濁液とし,密度は1100kg/m3とします。また,懸濁液の粘性係数(動粘性係数)には,前節で説明したstrainRateFunctionモデルを用いせん断速度に依存した非ニュートン流体モデル(図1参照)を使用します。津波の入力波としては波高が50cmの孤立波とします。(OpenFOAMでは,微小振幅波やストークス波,孤立波の造波機能が組み込まれています)
メッシュのセルサイズは最大20cm,防潮堤と建屋付近に最小1.25cmとし,約18万セルとしました。
図2 防潮堤と建屋の津波解析モデル
解析結果
津波が防潮堤を超えて建屋に衝突する様子を以下の動画に示します。固体粒子を含んだ海水を非ニュートン流体として扱うことで,津波が構造物へ及ぼす力をより正確に評価することが可能になります。
浮遊砂濃度5%の粘土懸濁液の非ニュートン性により,図1に示されるようにせん断速度が大きくなると粘性係数は小さくなります。このため,以下の動画に示されるように,防潮堤を超えて流れる懸濁液はせん断速度が大きくなる地面(下壁面)や建屋壁面近傍で粘性係数が小さくなることが示されています。
参考文献
- 中村ら,土木学会論文集B3(海洋開発),72-2,2016
- 大家ら,土木学会論文集B2(海岸工学),70-2,2014